NIHONGO
VERSION FRANCAISE FRANCAIS
HOME
RENCONTRES
BLABLA
KIKOERU


CLAUDE BRABANT
UNE INTERVIEW EXCLUSIVE réalisée par daNIel le 25/10/2006 dans sa galerie du Boulevard de La Villette à Paris (19).

ヴィレット大通り沿いの、あるアパルトマンのメイン・ドアを開くと・・・禅風の庭に遭遇する。その中庭は、当初、アパルトマンの共有地主たちの意向でセメントで固められた・・・。
そこで、彼女は、そこを鉢植えの木で囲んだのが始まりだった。一方、彼女のアトリエ内では、鳩と猫たちのドタバタ騒ぎが繰り広げられる。 アトリエの出窓は中庭側にしかないが、僕は以前から、このアトリエは灯台のようだ、と思うのだ。Claude Brabant(クロード・ブラバン)は、この荒れた下界の海に何を見ているのだろう?

........CLAUDE BRABANT

Daniel (以下D):Claude(以下クロード)、職業はイラストレイター?

Claude (以下C):あら、小説家よ。

aniel:でもクロードは編集者であり、しかもイラストも描くから。

laude:結果的にそうなったまでよ。私はずっと文章を書き続きけて来た、随分昔からね・・・、だからBD(ベーデー。フランス版マンガ)を描くにしても、それは自分の作品を絵で描写していることなの。だから絵だけでの表現ってのはないわね。絵は自分で書いたことにイメージを与えるためよ。それを自分で編集するので、これも成り行き。だから自分は本来、作家だと思ってるわ。周りでは、そう思ってないかもしれないけれど、それはまた別の話で。

aniel:それにギャラリーのオーナーでもあるよね。

laude:それも結果的にね。パートナーも画描きだったので、ふたりともアーティストだし、という流れでギャラリーを開いたわけなの。自分らの住まいのすぐ隣が空いたものだから、これも偶然の流れよね。でなかったらギャラリーを開くなんて想像もしなかったわね。まあ、いずれにしてもね、自分に向いてるとは思ってないし。そこは、いわゆる従来のギャラリーではなくて、とてもオルタナティヴな場所だけれど・・・

自分をギャラ リーの型にはめ込む気はないわね・・・はみ出し者よ!

...............................VERA VERITE BY CLAUDE BRABANT

aniel:アーティストって、一般人に比べたら、自分の内面の夢と調和して生きていると思う?

laude:まあ、そうじゃない?アーティストは何かのために活動しているから。それをする理由、必要性に駆られてアートしてるわけだから。

Daniel:アーティストはより活性的に生きていると言えるかな?

laude:一概には言えないわ・・・何かをしているという点では確かに活動的よ。ゼロから何かを造るということ、これは試みとしてとても活性的、そうでしょ?すべてはカオスから引き出されるわけで。ゼロから、無から引き出してくるんだから。だけど、それ以外の点では、人間として、個人的に一般人より活性的か?私はそうは思わないわね。

それって全然別 の問 題。 でもアーティストって、皆ができないことを生み出すことができる。皆は、自分の内面の様々な物事を胸に収めたままにせざるを得ない。アーティストは、それらを乗り越えたり、表現したり、ある距離を置いたりすることができる。

aniel:普通は内包したままということ?

laude:そうよ。でも、こう言う作業ができるってことは、アーティ ストにとって大きな幸運だと思うわ。だってね、抱え込んでいるより、それを外に出して、表現できる方がどんなに 楽か・・・。抱えたままだと、自分の内面はそれにどんどん齧られて行く、恐ろしいことよ!つまり、何か言いたくても言えないでフラストレイションを溜めている人たちのことを言ってるわけだけれど・・・

aniel:とは言え、その点で楽なはずのアーティストが、一般人より明らかにハッピーにも見えないけど。

laude:そうね。普通の人たちだって、強いてハッピーじゃないと思う。ただ、違いは決して表現しない、そこよね。皆は、それらを一生表現することがないから、周りもそれを知ることは永遠にない。だから、表現できること、それだけでも結構ラッ キーだと思うわけ。

...............................VERA VERITE BY CLAUDE BRABANT.

aniel:それがハッピーであるための秘訣かな?

laude:<ハッピー>の定義によるわね。もし、海辺で太陽を浴びて日焼けすることがハッピーだって場合も・・・

aniel:クロードが、もしこのベルヴィル(Belleville)地区に住んでなかったら、どの地区に住みたいと思う?

laude:ベルヴィルは<私の町>じゃないわよ、コントルスカープ(Contrescarpe、訳注:パリ左岸、ソルボンヌ大学など古くからの学生街に隣接したムフタール地区)よ。カルチエ・ラタン(Quartier Latin)、 コントルスカープは私の青春時代の町。

初めて独立して住んだ地区。本当の<私の町>。 今は<○○カフェ、だのxxカフェ>ばかりでしょ。あの街も終ったなあ。もう行きたいとも思わない、だって悲しくって泣きたくなっちゃうわ。

aniel:何で?

laude:あまりに、色々と変わってしまって・・・。私がその地区に住んでた頃は、アラブ人街だったのよ・・・、ダニエルは知らないでしょうけれど・・・。

...............................HEMOPJILIE BY CLAUDE BRABANT

aniel:へ~、そりゃまた随分変わったんだね!(笑)だからその後、ベルヴィル(訳注:パリ有数の移民系の地区、特にアラブ系が多かったので有名)に住んでるってわけだ。

laude:でしょ!少なくとも私には一貫性があるって。(笑)

aniel:そこも変化しつつあるよね、クロードが中国人が好きだといいけれど(笑)!(訳注:ここ数年来、中国系移民の増加が著しい)

laude:当時はね、カフェ・ボナパルト(Café Bonaparte 訳注:サンジェルマン・デ・プレのカフェ)に一日中ねばったりしたなあ。注文しなくてもOKだったし、じゃなきゃ、何か一つ注 文して一日中ねばれた。今時、当然こうは行かないわよね。

aniel:でもベルヴィルなら、今もできるよ!(笑)

laude:でしょ!?そのカフェの周りに以前あった書店は全部閉まっちゃっったわ。
レーヌ通り(rue de Renne、同じ地区)だって同じよね。もう酷い話!本屋、楽器屋もあったのに、今や洋服屋しかない。サンジェルマン・デ・プレ(Saint-Germain Des prés )にはレコード屋もあったのよ、わかる?

aniel:そうなの?

laude:そう、随分前ね!ダニエルの知ってる頃より前、私がウロウロしてたのは55年~65年だから。

aniel:クロードの生活の場のことを話してくれない?このギャラリーで試みたように、ある種、出会い、交流の場所なのでしょう?

laude:そうね。建物全体がアーティストのアトリエとしてリサイクルされた時、そういう風になるかなと想像したのね。でも実際は、アーティストって各々全く異なるし、自己中心的だし、他人のことなんて我関せずだったわね。アトリエが見つかったから住みに来ただけ。

ただね、カルチエ・ラタンで自発的に起こったインテレクチュアルで芸術的なムーヴメントとはまた別のコンテキストだから・・・、それはまったく別ものなの。つまり、今のアトリエは、家賃が安かったので、アーティストたちが自分の仕事のために借りた、そういう役割にすぎなかったわけ。

aniel:それじゃ、まさに正反対だったわけだ!

laude:その通り。4階のアトリエの人はジャズ・スタジオを完全にシカトよ。彼らは、私のギャラリーにも、一度たりとも、エクスポを観に足を踏み入れたことはなかったし。わかる?皆それぞれが一国の主、我関せず。

...............................HEMOPHILIE BY CLAUDE BRABANT

aniel:ということは、アーティストって、必ずしも世間に向けてオープンだという印ではないってこと?

laude:全然!その反対よ。

aniel:何故?

laude:私、幻想をかなり捨てたわ。ギャラリーを始めた頃は、ちょっとナイーヴだった、結局。だってやって来るアーティストたちと、大家族みたいになれるんだと想像していたから。
私のオルタナティヴなギャラリーでは、初めてエクスポをするアーティストたち、無名のアーティストたちがほとんどで、無料で使用できるスぺイスがあるし、経済的にも問題がない、という環境だったの。それらが、ある種の誘引因子になるだろう?と思ったけれど、とんでもない!
みんな、他のアーティストのすることに全く興味を持たない の。アーティストが他のアーティストに興味を持つってすっごく例外的よ。

一方、インテレクチュアルな興味の強い人たちっているでしょ。そういう人たちはその力の作用であらゆることに興味を持つわけで。・・・分かってもらえるかな、好き嫌い、もちろん好みもあるでしょう。そういう人たちは、本来、知りたいという欲求が強い、だから<それを満たすこと=興味を持つこと>、に価値を見出す。

でもアーティストはそんな欲求はない。そういう特別な人たちよ。
心がオープンだってことは、インテリジェンスと同様に長所であって、善なる心に根ざすもの。
それはアーティストと全く関係ないことよ。彼らには特別な オープンさはないわ。とは言え、自分に関わるる事物には興味を持つの。別のアーティストにかなり熱中することもある。けれど、ちゃんと明確な理由があって、自分の探究においてターゲットになっているからよ。

だから、漫然とアーティスト同士が興味を持つってことはないわね。初めはこういう事が見えなくって、ナイーヴ だったの ね・・・、アーティストは特別に心がオープンなんだと信じて いたのよね。

aniel:アーティストの仕事は、人それぞれが抱えている夢へ方向づけたり、ガイドしたり、助けたり、近づけたりすることができるだろうか?

laude:それは、当たってると思う。だってアートは普遍的な表現だから。人が誰かにある事を伝達する場合、それは個人から発生したものよね。でもアートは、自分以外の人にも伝達しなければならない。でなきゃ他人には解らない。つまり<普遍的に働きかける力>をもった何かをコミュニケイトしなければ。

aniel:アーティスト全てがそう?

laude:もちろん。必然よ。でなきゃ、個人のレベルで炎は消えてしまうから。<普遍的に働きかける力>を持つ何かを伝達し、人がそれを認識できた時、アーティストはその人に地平線を開いたことになるわね。私が言いたいのはこの意味よ。普遍性がなければ、どうしてアート作品が時を経て存続し得るのか。人類の記憶に留められているのは、それなりの理由があるわけで、20世紀の今日、もし、ゴヤの作品を見て感動する人がいるならば、それは作品が普遍性をもっているってことだもの。

aniel:クロードの言う普遍性って?

laude:個人のパーソナリティによるし、集合的無意識にも、人類全体に関わってくるわね。小さな個人が人類の大河に注ぎ込むのよ。小川が大河に流れ込むように。だから、ひとつのアート作品となった時、その瞬間に、他者にとって認識され、理解され得るものになるわけ。

aniel:なるほど。じゃあ次に、ルーツについて話そうか? 人はある村、都市、地区に落ち着いて、自分に相応しい生活を建設しようとするよね。クロードの場合、子供時代を過ごした町から離れて生きる自分を想像できる?

laude:え~、それってバカげてる!

aniel:ルーツは自分にとって大切なもの?

laude:え~、ルーツ(根っこ)って木の話でしょ!人は多くの根っこを持っているでしょうけど、私はあまり信じてないの。エコロジーと同じで、もう流行りみたいなものよ。だから、ま、そういう意識でもって機能している人たちもいるわよ、確かに。ルーツ、家族、祖先とか。でも私は全然。
ルーツは樹木の世界の事で。家族にしたって同じで、本当の家族って、自分と共通点を分かち合って、一緒に何かができる、自分と共通点のある人たちだと思う・・・母親、父親、兄弟、ってもちろん家族ではあるけれど、それは既成事実としての家族であって。だって、もし彼らと何も分かち合える点がなければ、家族の会食の場でも、すごく退屈するじゃな い・・・。

aniel:ルーツという点で、人は重要な共通点を見出すわけだけど、往々にして過去においてだよね。

laude:それ、すごく妄想・幻想系。

aniel:クロードにとっては、分かち合えるのは、<生きている現在>のこと?

laude :そうね。過去の共有要素って全て、『私の生まれた村』、『私のひいお祖父さんはこうこうで・・・』でしょ。これってすっごく思い入れ幻想的だと思う。そういう人たちって、自分の人生に錨を降ろしたように揺るがない、重心力を必要としていて、それを自分たちのルーツ、源に求めて満たしているんじゃないかな。

aniel:その<錨を降ろした>人生とは?

laude:つまり良い人生を歩むってことかな。自分に合った、意義を感じる人生。

aniel:そこで夢と関係してくるな。

laude:そうね、何処に意義を求めるのか、過去?お祖父さん に?生まれた村に?ってね。それに、木だってね、根っこはずっと遠くにあるわけじゃなくって、生えてるそこにあるんだから。

........CLAUDE BRABANT

aniel:世間の人を見て何か不安に思うことは?アーティストではなくって、一般の・・・もちろんアーティストに対しても有り得るかもしれないけれど・・・。

laude:不寛容さね。

aniel:それは曖昧な表現だなあ。

laude:そうでもないわよ。不寛容って、他人に対して我慢できないことだから。それが一番不安。
つまり、愛情が少なすぎるので、他人に我慢できない。自分にも、世間の人にも、最も足りないものだと思う。他人の立場になることがでいないのよ。他人の感じることが解るってことが、寛容さよね。他人の寛容さに出会った時、素晴らしいなと感じるし、同時に、寛容さに欠ける自分がいた時、すごく恐ろしく思う。あと、嘘もとても恐いと思う。物事を在りのまま言わない人間の機能、自分の行為をごまかすこと。ものすごく蔓延していて、社会的なあらゆる関係を阻害しているわ。

「あなたとは会いたくない」、という代わりに「ごめんね、約束が入ってるので都合が悪いの。」とか・・・。虚構の基礎の上には何も建設できないわ。まるで流砂の上に家を建てようするものよ。嘘は流砂だわ。真実を基礎にしなければ何も築くことはできないから。少なくとも、基礎が堅固でなくてはね。

aniel:アーティストは、一般人よりは嘘つきではない?

laude:そうね、そう言えると思うわ。何故って、彼らは少なからずも真実を探求しているから、その作業は何らかの堅固さを基礎にしているはずでしょう。でなきゃ、その作業は成立し得ないからね。そう、少なくとも自己にとっての真実を探求していると思う。完全な虚構を表現できるわけないし。だから、絵を描いたとして、それが良い作品かダメなのか、人に評価させるんじゃないのよ、だって自分が一番よくわかってることだから。

aniel:たとえ大衆が『これはとても良い絵だ。』と評価しても?

laude:それが大衆の持つ危険性よ。もし大衆の評価を聴いているようでは、本物のアーティストではないわね。アーティストは自分の声しか聴かないもの。だってアーティストじしんが何かを表現したかったのだから、自分がそれに到達できたかどうか、一番知ってる。誰もその代わりはできないの。

aniel:では、日本についてちょっと話してくれませんか?

laude:日本の映画、大好きよ。かなり詳しいのよ。小津、溝口、大島の映画は全部観てるし・・・、かなりの日本の監督作品を観たわ。日本映画ファン!

aniel:あのスロウな感じが好み?

laude:日本映画って素晴らしい。黒澤明、最高!・・・スロウさねえ・・皆がよく言うように、最初はちょっとキビシかったけれどね。それの裏側に、あまりにも大切なものがあるので・・・私たちとはリズムの違いがあるけれど、その難局を越える価値があるわ!何と言ってもスピーディーで何も語られないアメリカ映画より、スロウで多くのことを語ってくれる日本映画の方が好きだわ!(笑)

.........CLAUDE BRABANT

aniel:それって記号のことを言ってるのでしょう?絵画と同じで、そのイメージ世界に入るには、自分がそのリズムを選ばなきゃならないっていう・・・

laude:それも日本映画について、皆が言ってることね。何年もの間、日本映画って全然ピンとこなかったの。それが、突然小津映画がわかるようになったのね、でもこれはわりと最近の話よ。彼の描く日常の世界が、全く何も訴えてくるものがないように思えていたのよね、わかるでしょう?平凡で退屈の極み・・・。それがずっと後になって、『どうして、皆はこんな映画を観れるのだろう?』って考えたの。

シネマテックに通って観てたのは、ちょうど20歳くらいの頃で、小津以外の日本映画はとても好きだったの。それが10年前、小津がわかるようになった。傑作よ。そこには何もない。ゼロから何かを創りだしているのよ。それこそ、宝の中の宝だわ。

aniel:小津のまなざし。

laude:そう、ただ見ているだけ。さっきの『日本について』、ってことだけど、日本にはぜひ行ってみたいな。片足は伝統に、もう片足は近代に置いている国。日本人はそれを矛盾なく共存させることが出来ている。それが出来てるのは、フランスではブルターニュ人(訳注:ブルターニュ地方の人々)だけね。

ブルターニュ人は、少しだけじゃなくて、完全に伝統の中で生きて行くことが出来るし、また完全な近代の中にもいて。両者は矛盾を引き起こすことはない。相殺しない。むしろ、互いが養分を与えあっているんだから。その術を知っているのよね。だってブルターニュ人は自分たちの伝統文化、伝統言語、伝統唱歌、歴史を取り戻したからね!それも、老人によってじゃなくて、若者たちの動きよ。素晴らしいわよね!
他のどこの国も、過去と近代を共存させて生活するなんて出来てないでしょ。

aniel:お話を聴いてて閃いたんだけど、日本人は、過去にルーツを持ちつつ、未来にもルーツを見い出しているのでは、という・・・。

laude:ふたつの世界が対立することなく、破壊し合うことなく、機能しているみたいだから・・・そうして相互が養いあっているのよね。

aniel:自分たちが何処からやって来たかを知り、何処へ行くのかを恐れないこと?

laude:その通りね!運命と偶然のマッチングして行くこと。個々が、それぞれの運命と偶然の同調をしているんだ、というのが人間の秘密だと思ってる。

aniel:それは美的な表現だね。

laude:美的というより、深い!(笑)

aniel:今日はありがとうございました、クロード。(笑)

日本語訳:山下まる

Photos © daNIel

........CLAUDE BRABANT

............................L USINE SITE OFFICIEL L USINE SITE OFFICIEL

LOGO KATATSU 2015
la trace