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LEVENT BESKARDES
INTERVIEW EXCLUSIVE réalisée par daNIel le 02/06/2007 chez lui à Paris, près de la Place Clichy.

TRADUCTION JAPONAISE : HARUMI SUZUKI

Interview réalisée en L.S.F (Langue des Signes Française) (French Sign Langage) et interprétée par Laure NAPOLI et daNIel.

............LEVENTS BESKARDES PHTO JM JARILLOT

パリ18区にひっそりと静かに浮かぶ島… そこは緑溢れ…
しかしながらこの島、名付けてルヴォン・ベキャルドゥ島は、様々な人種の男女がひしめき合う雑踏のクリシー通り…
映画館、ファストフード店、カバン屋、ケバブ屋、格安国際電話サービスなど…
と実は目と鼻の先なのである。ルヴォン氏は舞台俳優だが何よりもまず「人間」である。世界のあらゆるものに興味を持つ1人の人間なのである…。

ダニエル(以下D):君は、人は皆それぞれ心の奥深くに夢を持っていると思う?

ルヴォン(以下L):「夢」という言葉には色んな意味があるよね。例えばネガティブな夢。 例えば僕にとって、耳が聞こえないのは問題なんだ。周りを耳の聞こえる人ばかりで囲まれてしまうと、ろう者である事をネガティブに感じる。そんな時は、将来何が出来るかなと夢を抱いても何も思い浮かばず自分を見失ってしまう。

上手く行かない事ばかり考えて(夢見て)しまったり、自分はダメな人間だと思ってしまう。
家族みんな耳が聞こえるのに自分だけろう者だと、孤独だよね。これは問題だよ。悪い事ばかり考えちゃう。将来どうしたら良いのか全く分からなくなってしまう。時には自分で命を絶ってしまおうか、なんて夢を見てしまう事だってある。

でも家族全員がろう者の場合や、ろう者専門学校やアソシエーションの中に入ると、違ってくる。「ろう者」という個性が明確に見えてくる。僕は自分の個性を見つけた時にね、ようやく自分の事がポジティブに考えられるようになったんだ。

僕は何に情熱を持っているのか?何が好きなのか?と考えるようになったんだ。例えば…僕は画家になりたい、または医者になってみたいと思っていた時期がある…まあね、医者になるのは無理だと分かっていたけどさ、でも想像するんだよ。それは夢を見ているって事だよね。その結果、夢が実現するって事もある。全く違う方向性で実現するって事もあるよね。

僕は子供の頃、沢山夢を持っていたんだ。人生はバラ色なんだって信じていた。何もかもが簡単だと思っていた。でも18歳になった時、夢をあきらめなくてはいけないと感じ始めた。現実に僕の状況には問題が沢山あったからね。とても不安だったよ!
僕は、素朴でバラ色の人生を信じていた自分を失ってしまった。落ち込んでしまったんだ。難しい思春期を過ごしたよ。

でもね、自分のどこかでまだ、バラ色の人生を信じている部分があったんだよね。実はその頃一番やりたかった事は、映画で演じる事だった。僕はその後舞台俳優になったからちょっとずれてるけど。その頃は舞台より映画の方が好きだったんだ。
でも何かが僕を舞台演劇へ導いた。演劇では手話で視覚的に訴える事が出来るから何でも表現が可能なんだ。映画で演じるろう者は、実際とてもとても数が少ない。

まるで「舞台俳優を目指すんだ」と、導かれているかのようだった。

そうして、もう35年も舞台俳優を続けているってことになるのさ!映画のロケに同行する機会なんかもあって、どんな風に制作するのか少しだけ垣間見た事もあったけど、最終的に僕は演劇の方が好きだって分かった。映画を夢みていた自分は勘違いだったってことさ。

もちろん今だって夢は見るけど前とまた違うなぁ。僕は今、燃え尽きてしまうのが怖いんだ。夢に到達してその後何もしたくなくなってしまうんじゃないか、ってね。それがとても怖い。

LEVENT BESKARDES

Daniel:「夢を実現してしまうのが怖い」なんて、興味深い話題だね。ところで君は「夢」と「願望」って違うと思う?

Levent:そうだね。良い質問だと思う。僕が思うにはその2つは混ざっているんじゃないかな。もっと正確に…?年齢も関係あると思う。もし自分に充分自信があれば、夢も明確だし、恐れる事なく決心出来るけど、自信がなければ…例えば年齢の影響などで…壁にぶつかってしまう。新しい事を吸収するにはモチベーションが必要だよね。歳を取るとモチベーションが下がってしまう事があるし、自信をなくす事もある。要は怖くなってしまうんだね。

私たちはつい、何かが起こる事を待ってしまうよね。でも待って何になる?夢を見て自分で選択しなくちゃ!意志を持たなくちゃ!僕は絵を描きたいと夢見た時期もあれば、インテリアの仕事をした時期もある。興味のあるものは全てやってみたかった。小さな映画を作ってみた事もあるし、詩を書いてみた事もある。とにかく何でもやってみたんだ。新しい事にどんどん興味を持って行った。確かに何も新しい事がなくなってしまうと、怖いけど。まぁ、画家になりたいとか、インテリアの仕事をしたことって言うのは、夢でなくて「欲望」だっただけかもしれないけど…

Daniel:君の意見を聞きたいんだけど、僕らはみんな夢を持っていると思う?その夢は2つとなく、ただ1つのものと言う意味なんだけど。

Levent:僕たちはみんな、自分を導く夢を持っていると思うよ。うん、間違いない!

Daniel:例えば今、君は自分の人生に100%満足している?

Levent:もちろんそんな事はない、まだまだだよ。これでお終いって事はないよね。学ぶべき事はまだ沢山ある。他の人の視点から鏡のように学ぶ事もあるよ。
自分たちの中には2つの存在があると思うんだ。魂はいつも、将来何をするべきかどこに向うべきか知っている…自分は気がついていないけど、魂だけは分かっているというか。

LEVENT BESKARDES

Daniel:面白い事を言うね。

Levent:もし間違った事をすると、魂は不安に感じて扉を閉じてしまう。魂は僕を助けてくれなくなる。魂と僕の間には何の繋がりも無くなってしまう。反対に、意志を持って努力をすれば魂は喜んで「その調子!続けて!」と僕に教えてくれる。体の内部で感じることだね。例えば、僕は落ち込んでいて自分に不満足だった時期がある。何かをしたいと感じてはいたけど何もしなかった。道を取り戻したかったけど出来なかった。無気力になってしまったんだ。
でもある日、それじゃいけないと改革し無気力を追っ払った。重荷を取り払った僕は変わったし、気分が良くなった。
時にはみんな迷う時期と言うものがある。でも、必ず周りに自分を助けてくれる人がいるはずだし、魂そのものが救ってくれる事もある。時には魂さえも疲れ切ってしまうこともあるかな?いや、僕はそんなことはないと思うんだ。

Daniel:アーティストには、普通の暮らしをしている人々を助ける力があると思う?

Levent:若い頃、生計を立てるために仕事をしていた時期があった。僕はその仕事があんまり好きじゃなかったけど。アートの仕事や画家になる夢を抱きながらも、実際は稼がないといけなかったからね。でもある日僕は決心して仕事を辞めたんだ。そして演劇を選んだ。好きなことが出来る代償にお金は全くなくなってしまったよ。お金か、自分の好きな事か、選択にせまられたよ。
その頃は、仕事がなくたって夜になれば創作意欲が燃えたし自由だった。でも朝になるとね、また落ち込んじゃったりして…。

そうして演劇の勉強を続けているうちに段々上達して、演劇のおかげで心の底から、生きている自分を感じるようになった。新人だった頃は自分の力量がよくわからなかったけど、だんだんお客さんの反応も良くなってきて、自分は進歩していると思うようになった。少しだけだけど演劇でお金をもらえるようにもなったし。定期的にもらえるお金ではなかったけど、僕はそれでも満足だった。
実は多くの「ろう者演劇俳優」はトップレベルの人でも少ない給料で演じている人が多い。僕は演じるようになって35年になる。若いろう者の中には僕のように演劇俳優になりたい、そしてそれは簡単な事だと思っている人がいるんだ。でも現実は厳しい。彼らはそれで「稼げる」と思ってるんだ。でも僕はお金を得るために俳優になったんじゃない。良い俳優になりたい、それが僕の夢だった。一番重要なのは、レベルアップするために辛抱強く常に学ぶ姿勢を忘れない事。最近の若者の安易な考え…俳優になればお金が降ってくる。みたいな考え方は良い傾向ではないと思っているよ。

LEVENT BESKARDES

Daniel:君の前に退屈して悲しそうな「ある人」がいるとしよう。その人はアーティストじゃないんだ。君はその人物に、人生を違ったものにするために出来る助言ってある?

Levent:僕ならきっと、まず「あなたは何が好きなの?」と聞くと思う。
生計を立てる事って大事だよ。例えば定年後の心配だってあるでしょ。そりゃ仕事をしてないと自由な時間が増えるし、仕事以外の活動に打ち込めるけど…例えば演劇とか研修生になるとか…学びたい事を学ぶという選択が可能だよね。でも、何かの情熱のために仕事を辞めてしまうのってリスクが大きい。

仕事は持っていたほうがいい。僕の場合は、仕事を辞めて演劇に打ち込んだ事が吉と出たけど、正直言うととてもめずらしい例なんだよ。

Daniel:もちろん、僕の言う「ある人」には生活の糧も大事なんだけど、それよりもその人物の問題はね、何をするべきか判らない…という事だったとしよう。例えば演劇にも興味特になくって…なんて。その人物がやりたい事を見つけるために、なにか助言はあるかい?

Levent : あまりよくない助言を与えてしまうかもね。助言する前にその人そのものを知る必要もあるから。精神性や人生なども。もしその人物が正直に自分らしく僕に相談を求めたら、そうだな…僕たちの関係はまるで鏡のようになる。僕は自分の人生を語り、その人は聞いた事から何かを思う。ただ助言が欲しい人のために助言するのは、僕は苦手さ。

もしシンプルな助言が1つあるとすれば…夢にあこがれるだけじゃダメだってことかな。実現に向けて実際に考える事が大事だよ。もし現在の仕事が好きでないのなら他の事を学んで、自分を変えて行く。変えて変えてどんどん変えて、その先にひょっとしたら本当に好きなものも見つかるかもしれない。

LEVENT BESKARDES

Daniel : キミは今パリに住んでるけど、それは必要性があるから?それとも自分自身の選択なのかな?他の場所で生きてみたいと思う事はある?

Levent :もうちょっとしたら田舎に住んでみたいと思っているよ。自分にもっとお金があって、例えば素敵な場所に家でも建てて、そこで絵を描いたりして…。
今パリで小さなアパートで暮らしているのは、必要性からかな。僕は32歳の時にフランスに移り住んだんだ。以前はトルコで暮らしていた。

Daniel : パリに住めば出会いや、スペクタクル、創造のアイデアなんかも沢山見つかるよね。もしも明日からパリ以外で暮らす事になったら、今までと同じ活動を続けていく事は可能かな?

Levent : いいね、僕はもっと郊外に住んでみたいよ、庭付きの家なんかでさ…。そこでもダンスや演劇、詩や映画を…フェスティヴァルなんかを1年に1回くらい企画すればやっていけるかもしれない。でも僕にとってはまだ夢の先という感じだな。僕は観衆の前で演じるのが好きだし、僕の仕事をみんなに知ってもらいたい。公開していく事は大事なんだ。特に、若いろう演劇者たちに見せる必要がある。彼らがそれによって目覚める手伝いをしたいんだ。若いろう者たちはきっと沢山悩んでいるだろうと思う。何が出来るのかと。僕はいつも彼らに言うんだ、試してみなくちゃダメだって。そして自分を信じること。僕は自分の人生が彼らにとって、何か1つの例になることが出来たら嬉しいよ。

LEVENT BESKARDES

Daniel : ところでさ、東京に住んでみたいと思った事はない?パリと東京、選ぶとしたらどっち?

Levent :難しいなぁ。アートに関しては、ここパリはいい場所なんだけど、パリで暮らすのはあまり好ましくないかもしれないな。僕はトルコ生まれ、イスタンブールが大好きさ。でもアートのレベルはパリの方が断然上。パリには学ぶ事が沢山あるもの。イスタンブールでももちろん、アートな発見は沢山あったけどパリに来て最初にルーブル美術館を見たとき、その偉大さに感動したよ。ヨーロッパ全体を見ても同じ事が言える。

日本は島国だから、移動が難しそうだな。役者として生きていくには難しいのではないかと思う。例えばヨーロッパ、ドイツやスイスやスペイン、オランダなどなど…の役者たちは簡単に国境を越えられるから各国ですぐ契約を結ぶ事も可能だよね。その国での発表も可能だ。日本ではちょっと状況が違う。たくさんリハーサルして5回10回と公開してようやく演目を買ってもらえるという感じだよね、でもヨーロッパは違うんだ。いつでもどこでも何かしらツアーは行われている。日本では、役者が役者の仕事だけで生きていくのはとても難しいようだね。何か他の仕事をいながら続けていく人が多いみたいだ。

そのかわり、日本で行われる演劇は本当に素晴しい。日本に行った時、僕はゆっくりしかも軽々と演じる役者たちをみて本当に驚いた。僕にとって全く新しい経験だったんだ。フランスの演劇はあちこちに動き回りリズミカルだから。日本の演劇に僕は驚かされたよ。

日本では若い人も高齢の人も健常者が積極的に手話を学ぶ傾向があるね。フランスだと高齢者なんかは、今さら手話を学んで何になる、みたいな傾向が強い。日本はその辺り積極的だと思う。

皇太子妃が、ろう者のアソシエーションを時々訪問する事があると井崎さん(日本ろう者劇団員)に聞いた時は驚いたよ。彼女が出産後、赤ちゃんを連れて訪問した時、沢山の人が赤ちゃん見たさにやって来た事があった。その時皇太子妃自身が、実は手話を学んでいると告白したんだ。その影響は大きくて、その後多くの人がろう者による演劇を見に来るようになったんだそうだ。上演に多くの人が駆けつける様子に井崎さんはビックリしたらしい。観衆の多くが井崎さんに質問を投げかけたと聞いたよ。「皇太子妃はどの位の期間手話を学んだのか?」「どこで手話を学んだのか?」ってね。

僕はよく考えてみたんけどね、日本では人々はよく働くでしょ。学校でも会社でも、彼らはいつでも沢山課題がある。実は日本人はいつでも興味が尽きないから働き続けるのではないかと思うんだ。ここフランスでも、仕事はするけど何よりもヴァカンス。自由な時間を求める。日本ではヴァカンスは少ないよね。だから時間は貴重だと考えるのではないかな。自由時間が非常に貴重な彼らは、何か空き時間があればすぐに他の事をするために動き出すんじゃないかなと思う。日本人は、休みなく、あきらめないでテンポ良く動き続けるんだよ。

さっきの質問に戻るけど、僕は1年くらい続けて日本に滞在してみたいなと思うよ。日本の文化レベルは高いし共感するものも沢山あるし、食事も美味しいしね。でもずっと長く住みたいかどうかは判らないな。

日本の田舎もいいね。大好きだよ。東京はカラフルな街、そこがまたいい。人々の服装だってカラフル。文化も全然違う。日本と比べるとフランスは色が少なくその色合いも暗いと思う。

 

Toutes les photos © Levent BESKARDES

Photo avec motif japonais : © Jean-Michel JARILLOT,

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AFFICHE DU SPECTACLE PRESENTE AU THEATRE X DE TOKYO DU 13 AU 16 OCTOBRE 2011 PAR LA TROUPE DU JAPAN DEAF THEATER. DEUX SPECTACLES, DEUX HISTOIRES DE PEINTRES SOURDS. LEVENT BESKARDES EST L'AUTEUR DU SPECTACLE "LEO ET LEO" HISTOIRE D'UNE RENCONTRE ENTRE LEONARDO DE VINCI ET CRISTOFORO DE PREDIS.

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Extrait du spectacle de Levent BESKARDES
"Léo et Léo"

Photo : COPYRIGHT © LEVENT BESKARDES

PERSONNAGE : CRISTOFORO DE PREDIS SIGN " LEO " ET LEONARDO DA VINCI SIGN " LEO " ( 45 ANS ET 50 ANS ) CHRISTOFORO NE SAIT NI LIRE NI ECRIRE , LUI -MEME NE SAIT PAS SON PRENOM , CHRISTOFORO CHOISIT COMME NOM LE NOM DE SON PERE LEONARDO.

 

NIHONGO
VERSION FRANCAISE FRANCAIS
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