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KENICHI NATSUYA
UNE INTERVIEW EXCLUSIVE réalisée par daNIel le 01/04/2007 au CAMDEN PUB de KOSHIGAYA.

TRADUCTION JAPONAISE : MME SHIHO SHIMONAGANO

KENICHI NATSUYA

アーティストそしてジェントルマンである、夏谷 憲一氏は、GENJIROUという名前で帽子を考案し作っている。この名前は、帽子工房の師匠である宗 香氏のご主人の詩人、故・宗 左近氏が名づけたものだ。憲一氏は20代前半に香氏に師事し、技術面よりも、むしろ作品を作ること、精神・帽子そのものの存在の意味について学んだ。香氏の帽子に対する考え方や精神(帽子をいわゆる、ファッションや用途としてではなく、例えば太古の昔より権威の象徴として、人の頭にのせられていた、冠帽の意味について作品のなかで、追求する、オブジェ的形体の被れない帽子等を、当時制作していた)から多大な影響を受けている一方、詩人だった彼女のご主人からも美に関して、その数々の著書(注参照)も含めて影響を受けている。

造形家としての仕事のために東京へ行くことはあっても、憲一氏は、越谷というおだやかな街で夜になると帽子やその他のものを創造するのを楽しみとしている。

ダニエル (Daniel):自己紹介していただけますか。あなたは、アーティストですか。

けんいち(Kenichi):ちょっとへそ曲がりな言い方になるかもしれませんが、私は自分のことをアーティストと思ったことはないし、職人というほどにも感じません。とても中途半端なポジションなのだと思います。人から見て、同じように見えるかもしれないのですが、私は製品として作る場合と、作品として創る場合があります。どうしても自分を定義しないといけないならば、ものを創る人とは言えるでしょうけれど。 何よりもまず私が追求しているのは、私自身をいかにかたちにするか、ということです。私を構築しているものの断片、考えかた、感覚、その瞬間の美意識などを具体化すること。それは私にとっては、本質的なものを呼び起こす手段であり、表現手段以上に大切なものなのです。

Daniel:あなたの今の生活は、もっと若かったころに思い描いていたものと一致していますか。

Kenichi:正直、こんなふうに人生を歩むとは思ってもいませんでした。まず、結婚そして離婚するなんて思いもしませんでした。また、ものを創ることに全身全霊をささげるなんて想像もしませんでした。それにこんなに貧乏だってことも!(笑)

KENICHI NATSUYA

Daniel:自分の人生を思い通りに操縦している状態ですか。

Kenichi;いいえ。単に私の日常もしくはもっと大まかな私の生き方については、全くコントロールできていません。自分自身を理解することさえできません!(笑) 私にとって、最も大切なことは、他人に気遣いができることです。それでいて自由気ままであること。そういう行動は難しいことですが。また、創ることも続けていきたい。それは、人生における私の軸・脊柱なのです。でもそれを私の場合お金に結びつけることが難しいので、手を動かす方の作ることになっている。そういう意味でも思い道理の人生とは程遠いのではないでしょうか。 まんざら、悪くない人生だとは思いますが。

Daniel:あなたの帽子は販売されていますか。

Kenichi:いいえ、まだ。

Daniel:販売したいと思いませんか。

Kenichi:もちろん販売したいとは思います。でも、今は造形家として主に活動しており、帽子を販売することにかける十分な時間がないんです。仕事はとても興味深いんですよ。テレビ・演劇界で使用するものを作ったり、トヨタやソニーのような会社の為の販促のための造形物を作ったりしますから。

KENICHI NATSUYA

Daniel:人は心の奥に夢、人生を方向付ける力のあるものを持っていると思いますか。

Kenichi:ええ、私は、つねにそれを感じています。でも、私は夢という言葉はあまり使わないですね。その言葉は私には読んで字のごとく儚いもののように感じてしまいますから。好きなもの、魅かれるものは各自がそれぞれ心に秘めているのだと思います。例えば、仕事帰りに一杯飲むのを楽しみにして、そのことを考えると仕事に意欲がわくという人がいます。また、子供を生きがいとしていて子供の成長を楽しみにしている人もいる。人間はさまざまな事情で毎日をすごしています。・・・私には、一般的な夢とは何かを断言はできないし、夢と願望との違いを見分けるのも難しい。ただ、私自信が信じていることは、夢とはまさに人生を、しいては世界を方向付ける力の有るものだと思います。

KENICHI NATSUYA

Daniel:私が「夢」という言葉を使う場合、「エンジン」とも言い換えられます。つまり、人生において選択する際、そこへ向かうための原動力です。 アーティストのエンジンは、一般の人のものよりも、もっと力強いように見えます。

Kenichi:「エンジン」という言葉はよくわかります。日本人を見ていると、情報があふれすぎていると思います。外部からの影響が大きすぎて、多くの人の「エンジン」は弱まっています。彼らは、よく考えずに、簡単に意見を述べていると思います。 例えば、現在、憲法9条(平和憲法)改訂が議論されています。多くの人はいろんな情報に影響されて賛成していますが、私は、個人的に反対です。 私が言いたいのは、生命を大切にしなければいけないということです。ちっぽけなことを気にするのではなくて。多くの人が、べらべらと話はしても、物事を奥深く見つめられない。心からではなく頭で語ろうとします。 日本はあまりにも平和すぎて影響を受けやすい。アメリカからのさまざまな影響は、私たちに多大な影響を及ぼし、自身で十分に考えなくなっています。

KENICHI NATSUYA

Daniel:外界に耳を傾けすぎると、自分の心の声が聞こえなくなってしまう・・・創作するためには、静けさつまり外界からあなたを切り離す必要がありますか。

Kenichi:己を静寂の中において、自分自身と向き合っている時、私は苦痛を感じます。もちろん、喜々として生きているアーティストもいます。でも、私は、内なる声に耳を傾ける時に感じるのは苦痛なのです・・・

私の作品は苦痛を通り越したものです。幸いなことに、その後には、私の作品を目の前にした人々の反応は喜びをもたらしてくれます。そのために、私はものを創っているのかもしれません。人々の反応はとてもさまざまで、それによって私は発見したり進歩したりすることができるのです。 「あなたは難しい人だ」とよく言われますが、自分ではそう思いません。変人ですけどね。

Daniel:アーティストは他の人たちよりも自由でしょうか、それとも自分の芸術にとらわれているのでしょうか。一般的なアーティストの場合とあなたの場合ではどうでしょうか。

Kenichi:人によりますね!アーティストが自由なのかはわかりません。自由そうに見えるとは言えますが・・・でも、多くのアーティストはコンセプトにしばられているんです。私は、友達から「きみは思うように生きられていいなあ、やりたいことができていいなあ」と言われます。でも、それは彼らの観点でしかないんです・・・

自分がとても自由だとは思いません、でも、自分の選択にしたがって生きているとは言えます。会社で働いている人たちを見ていると、毎日様々な問題に出会っているんだと思います。でも、それはアーティストにとっても同じなんです。たとえアーティストたちが変わっているようにみえても、問題は変わらないんです。

KENICHI NATSUYA

Daniel:私たちがこの世に生きる目的は自由になることだと思いますか。

Kenichi:「自由」という言葉を使いたくないですね。自由という概念は人によりますから。私としては、この世に生まれる目的は仏教の思想に通じると思います。つまり、それぞれ成すべきことがあるから人はこの世に生まれるという・・・

Daniel:なぜ大多数の人は成すべきことに気づくことができないのでしょうか。

Kenichi:彼らは、日常生活に追われて、そのことについて考える時間がないから、またそのことを考えさせてくれるものもないからだと思います。

KENICHI NATSUYA

Daniel:アーティストが作品において表現しているものを見ると・・・陽・陰それぞれのアーティストがいるように思えます。あなたをどちらかに分類するのは難しい。あなたは、境界線にいるように感じます。あなたの作品、帽子を見ると、まるであなたが綱渡り芸人のように思えます。あなたには、闇の部分と明るくて軽い部分が同時に存在していると感じます。ご自身では陽・陰どちらだと思いますか。

Kenichi:ありがとうございます! 私の作品をこんなに真剣に分析してくれる方はめったにいません。いったん私の作品が完成したものになると、陽・陰どちらにおくのかよくわかりません。
あなたがおなかがすいた時のようなものかもしれません。おなかがすいたと思う、飲みたくなる、そして出かけたくなるようにいろんな願望が相次ぎます。もしくは、テレビを見ていると、世界、平和、戦争といった情報が入ってくる。そしてロマンチックなことを考えたり、道徳に反したことを考えたりする・・・人間にとってそれが常だと思います。

アーティスト一般については、特に有名なアーティストについて言うと、彼らはしばしばシリーズものを作っています。(例えば服クリエーターのように)この方法だと、一般の人は、そのアーティストが表現したいコンセプトをより簡単に理解できます。

村上隆さんを例にとってみましょう。彼は、自分のアートを説明するのにとても長けている。ピカソのようですね。こういったアーティストは、なぜそういうものを創ったのか説明することができる。 村上隆さんは墨絵と現代アニメの関連を説明し、そこから日本の歴史と文化をつないでいる・・・彼は独自の理論を持っているので、大衆は彼の作品をよりわかりやすくに理解できるのです。
でも、私の場合、作品だけ、それだけなんです。

もちろん、感心されたい思いもすこしはあるし、良い評価を得たい、有名なアーティストになったらなあ、なんて思います。でも、そういうものは後でしかやってこない、つまり、私の仕事が終わったらということです。

私の最後のエキスポジションは、ちょっと特別でした。調和のとれたディスプレイを心がけました。さまざまなスタイルによって同一の素材を使いました。一般的にエキスポジションをする時は、ひとつだけのライン、ひとつだけのムーブメントに沿います。そうするとひとつのシリーズものになります。でも、私のこのエキスポジションは異なるものでした。それは、「まじめだけどおもしろい」または「まじめじゃないけど超まじめ」という感じでした。私自身がこんな感じで、ちょっとへそ曲がりなんです。だから、私が陽か陰かは断言できないんです。

こういった混同は、私の作品に表れてます。それらは、私たちの心をよぎるいろんな思いの成果なのです。まじめだったり、ふざけていたり、性的なものだったり・・・極端から極端な、人間ってこういうものなんです。

私は、自分の作品を定義できるアーティストではありません。私は長らくエキスポジションをやっていません。最後の個展の際、私が表現したかったのは、私たちの心をよぎるこういういろんな思いから生まれた作品の多様性でした。

Daniel :あなたは世界中のすべての人が彼らの夢(心からの夢)を実感,(実現)すること で世界は良くなると思いますか。

Kenichi :もちろん,良くなると思います。夢が欲望ではない、真摯なものだったなら、きっとそうなるでしょう。

注:

著書 美のなかの美 古美術幻妖 
私の西洋美術ガイド など多数
訳書 ロラン=バルト 象徴の帝国 スタンダール パルムの僧院など
詩 燃える母 縄文 など。

KENICHI NATSUYA

 

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