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STEL
UNE INTERVIEW EXCLUSIVE réalisée par daNIel le 14/11/2006 à Belleville Paris (19).

TRADUCTION JAPONAISE : SHIHO SHIMONAGANO

エステル リビエールは、2つの世界の境界線にいる。ステルの部屋は、絵画・人形・布地であふれている。エステルは自問する。「子供でいないといけないのか、大人にならないといけないのだろうか」と。彼女の想像力の両岸間で、彼女の作品は、私たちの影の国の忘れられた物語を思い起こさせる・・・
目出し帽で顔をおおった娘と少女は手を取り合ってパリを横切る・・・

........STEL

ダニエル;あなたを二言で表現してもらえますか?あなたは画家ですか?

エステル;ええ、まずは画家です。幼い頃からデッサンや彩色に夢中になっていたわ。それから、服にも興味を魅かれたわ。とりわけ当時のゴシックスタイルに。私の祖母は、私に裁縫、特にミシンの使い方を教えてくれたの。だから、だんだん服を作れるようになっていったの。小物類も作っていたわ。
私には、絵を描く期間と、裁縫をする期間があるけれど、前よりは服にたくさん時間をかけているわ。

Daniel ;服を製作する前にいつもデッサンをしていますか。

Estelle ;場合によるわ。製作前にデッサンするものもあるけれど、服飾デザイナーの仕事はしてない。私は、型紙を使わないの。私の服は、他にはないものなの。私は、欲動的なものにしたがって仕事をしている。突然特殊なスタイルのドレスを作りたくなったり、時にはボヘミアン、パンク、ゴシック風のものを作りたくなったりする。そうして段々とドレスを作りあげていくの。パッチワークもたくさんするわ。私は、いろんな素材や色調を混ぜるのが大好きなの。それはまるで私が糸と生地を使って絵を描いているみたいなの。私は、生地で形を創っているの。

その他には、私の作品の服や目出し帽に絵を描いている。私は、靴・バッグ・財布などいろんな媒体に絵を描くのが好きなの。私の作品は、時に“服兼絵画”なの。それらはひとつしかないとても特別なもの。その中には私の魂がいっぱい入っているのよ!

........STEL

Daniel ;あなたの仕事は音楽と結びついていますか。

Estelle ;ええ、確かに音楽は多くのインスピレーションを与えてくれるわ。私は音楽が大好きなの。何よりもまずロック、ゴシック全般、エレクトロ、パンクが好き、それにフラメンコ、ジプシー音楽、クラシック、日本、インド、スペイン、イタリアなど各国の音楽も好きよ。音楽がないととんでもないことになるでしょう!なぜなら、私の絵や衣服創作の大部分は、音楽でできているからよ。それらは音楽を吸収しているの。

Daniel ;あなたの絵や服を購入する人たちには共通点があると思いますか。

Estelle ;一般的には、それぞれ全く異なっているわ。わりと正統派なタイプの人たちや、「あら、このTシャツおもしろいわね、これを着ると楽しませてくれそう!」という人たちもいる。ほらね!空想・妄想は、彼らがいつも着ているものを変えてしまうの。なぜなら、それらは他にはないものだから。いわば絵を買うようなものね。見た目・組み合わせ・色は、彼らに話しかけるの。目だし帽を買う人たちは、どっちかというとミュージシャン、ダンサーよ。舞台やパフォーマンスのためにね。もしくは、マスクが大好きな人たち、私のように!

........STEL

Daniel ;おそらくそのオブジェや衣服には、彼らの心を打つ何かがあるのではないでしょうか。

Estelle ;私は、彼らはそれが唯一のものであるということに魅かれるのだと思う。まあでも、何か買ってくれる人たちにいつも出会うわけではない。例えば、「アート ブリュタル」というギャラリーで、外国人へ結構な数の作品を売ったことがある。しかも、そのギャラリーを所有していたアーティストは、私に多くの影響を与えた人なの。

芸術的な面で、彼は多くのものをもたらしてくれた。私の目を開かせてくれて、扉を開き、私の中の何かを引き起こしてくれた。私の仕事においてね・・・だから、私は彼のギャラリーで展示会をしたの。今はもう存在しないけど、アート ブリュタルというギャラリーがマレにあったのよ。

Jean-Michel ;それはいつ頃のことですか。

Estelle ;3年前よ。彼はスペイン人のミュゲル アマットというアーティストで、当時は60歳代だった。彼はアート ブリュット(生の芸術)の芸術家なの。彼がギャラリーを開いて30年くらいたっていたわ。彼は、人間と同じ大きさの人形をたくさん作っていた。常識破りでエロティックでぞっとするほどグロテスクな、そして心を打つ人形たちをね。彼は70年代からそういった人形を作っていたの。脚や腕を作るためにタイツに詰め物をしていた。下着、手袋、靴などいろんな回収品を使っていた。そして、時には口を作るために本物の歯を使っていたの!ボリュームのある胸や、人形の内部に手を突っ込むことができる巨大な女性性器を縫い付けたり!それぞれの人形が異なる人格を持っていて、時には名前まであったの。彼は、とんでもない画家、人形・服そして雑誌クリエーターだった。わくわくさせてくれる人だったわ!

........STEL

Daniel ;もし、田舎の小さな村に住んでいたとしたら、同じようなインスピレーションや創造意欲を持つことができたと思いますか。

Estelle ;もし田舎に住んでいたとしたら、もっと自然、動物や虫と釣り合いのとれることをしていたでしょう。おそらくZen(禅)の心境でいたことでしょう!私の仕事は全く違ったものになっていたでしょうね!ゴシックやパンクにこんなに熱中することなく、もっと穏やかだったでしょう、まあ、わからないけれど・・・

aniel ;一般的に、パリのような大都市の住民のどんな態度が最も我慢なりませんか。

stelle ;寛容のなさ、敬意のなさ、上っ面さ、暴力や攻撃性。違いを受け入れない人たち。まあでも、田舎だともっとひどいでしょう。私は、挑発したり、驚かせたり、変わったアイデアを見つけることが好きなの。違いが大好きなのよ。

aniel ;アーティストの役割とは、違いを提案したり認めさせることだと思いますか。

stelle ;ええ多分、とにかく私はいつも変化が大好きだった。幼い時からいろいろと変装していたわ!見世物をすることが好きだった。そして、こういうことを私の作品とともに発展させてきたの。ここ数年は目出し帽の製作に取り組んできた。顔をすっかり変えることができるように!お化粧では物足りないの。私がマスクで顔を隠すことを理解しない人たちもいる。醜さを隠すためだと思っている人もいるのよ。やれやれ!!

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Jean-Michel ;見た目が変わることができたらと思いますか。

stelle ;ええ、いろんな顔を選ぶことができたら、あっという間に違う顔になれたら、素晴らしいでしょうね!なぜなら、髪の毛の色を変えることや剃ることは後が大変でしょう!!でも、もし毎日変えることができたら、完璧でしょうね!

aniel ;アーティストは他の人よりもっと「生き生きしている」と思いますか。

stelle ;彼らにはさらに何かがあるわ!

aniel ;自分で何かを生み出し、表現し、物質的なものはあまり重要でない人たち。

stelle;ええ、それは、芸術的な方法で自分を表現することができるチャンスなの。私を自由にしてくれて、ずっと前から心理的にいろいろと助けてくれている。
出会った人たちの中には「こういうことができるなんてあなたはラッキーだ!」という人がいる。 実際、そういう人たちは、きらめきのようなもの、照らしてくれるものが存在し、自分の中にはそれがないと思っているの。

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aniel ;なぜそういう人々は、あなたの作品によって心を動かされないのでしょうか。

stelle ;彼らは、必ずしも情熱を持っておらず、芸術的な才能がないと思っているからよ。でも、これは願望・やる気の問題だと思うの。私が小さいころからデッサンへの情熱を持っているのは、私を取り囲むもの、感動させてくれるものを永遠のものにしたいからなの。感受性の問題ね。

aniel ;彼らには自分を信じることができないということですか。思い切った決断をする人との違いは何でしょうか。

stelle ;私は自分を信じているとは思わない。でも、私を取り囲むものに対してとても敏感で、デッサン・絵画・裁縫によって自分を開放する必要がある。それは言うまでもないことで、それを始めようと決心したことはないの。それをする!それだけのことよ!人は何歳からでもデッサンや彫刻を学ぼうと決心できるのよ。

aniel ;夢を捨ててしまうのはどんな瞬間でしょうか。

stelle ;わからないけど、ひとつ確かなことは、私は芸術的活動を決してやめないでしょう。彫像・音楽、そしてもちろん踊ることも大好きなの。時には悔いが残っている人たちの芸術的な面を目覚めさせようとしたこともあるわ。

一時期行政機関で働いていた時、芸術的なことをしたかったけれど、でも・・・仕事で時間がないし、食べていかないといけないしなどと言う人たちがいたわ。実際のところ、それは選択肢なの。なぜなら、私はある意味つらい状況の中で生きている。お金がなくて切り詰めた生活をしているけれど、私にとって大切なのは、好きなことをすることなの。気のめいるような仕事に閉じこもるようなことは絶対無いでしょう。たとえ月末いいお給料が必要だとしても!

こういうことを言う人は、芸術的なほとばしりをしらないの。私は、作品を創りだすことが生きること、そのおかげでポジティブでいられるの。多くの人は、決まった仕事や月末の給料がないというつらい状況に身を置くことを恐れている。彼らは、お金や安楽のために芸術的才能を犠牲にしている。その結果、後悔とともにとげとげしい気持ちになるけれど、レストラン・映画館・バカンスに行くことはできる。私は逆にそういう状況にいてもへこたれないの!

Jean-Michel ;危険性があるとは思いませんか。

Estelle ;ええ、ありえるわ。でも、もし望むのなら2つとも手にすることができるの。食べるための小さな会社で働く一方で、個人的な仕事に携わるというように。私の父は、週末は彫刻をして過ごし、平日は裁判所の執行官をしていたわ!執行官としての仕事によって、彫刻の才能はすり減らされていたけど・・・

............STEL

Jean-Michel ;多くの人にとって、「私はアーティストではいられない、それではお金は稼げない」という壁がある。ひとつの道を選ぶと、たどらなくてはならない道がある・・・思い切ってそれをはずれる人もいる・・・

Daniel ;「私の父は裁判執行官だったけど、彫刻をすることの妨げにはならなかった」とおっしゃるのを聞いていると、両親や祖父母からうけた何らかの影響があるのだと思われますね・・・子供の時に見本を示してくれた人がいるのだと・・・

Estelle ;ええ、そうね。教育はそういう理由において本当に重要だと思う。私や姉たちはほんの小さな頃から、両親と一緒にいろんなことをして、様々な場所を訪れていた。彼らは、私たちに精一杯時間を割いてくれていた。彫刻をしている父を眺め、そして父は私たちに、お芝居・演劇といったとても創造的なことをさせてくれた。私たちは3人ともコンセルヴァトワールヘ行き、長いこと音楽をやっていた。私は今も時々大型フルートを演奏しているわ!
私は、小さいころから、物体や風景など私を取り巻くものをデッサンしてきたの。母は、私を生む前は絵を描いていたの。その後はやめてしまったけれど、いつも編み物・パッチワーク・七宝をしていたわ。そして祖母は、私たちに服についていろんなアドバイスをしてくれた。彼女は、私にその技術を伝達してくれたの。

私の両親は、私たちが選んだことに打ち込むことを決して妨げることはなかった。反対に応援してくれたの! 私は、中学校の夜間デッサンコースに通っていた。その先生のおかげで、コンクールを通過して、グラフィックアートの高校に直接入ったの。それが私の人生を変えたわ。中学校は私にとって最悪で、デッサンも音楽もおもしろくなかったの。

Daniel;家庭生活とあなたが今過ごしている生活は、両立しないと思いますか。

Estelle わからないわ。子供を生むことはあまり想像できないし、その準備ができているとも思わない。でも同時に・・・幼い子供たちを見ると、なんてかわいいのかしらと思うわ!そして、幼い娘(笑)のために人形や服を作ってあげることを想像するの。両立できないことはない、やってみることはすばらしいでしょうね。たくさんの人が芸術的な活動をし家庭生活も築いているわ!

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PHOTOS 2- 3- 4- 5 - 6 -7 © STEL

PHOTOS 1 - 8 © JEAN-MICHEL JARILLOT

 

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