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AKIHIRO YONAIYAMA

UNE INTERVIEW EXCLUSIVE réalisée par daNIel le en mars 2007 dans les locaux de la fondation TOTTO à Tokyo en présence de Melle NORIKO, de Melle MORIMOTO et d'une interprète en langue des signes japonaise.

TRADUCTION JAPONAISE : MME HARUMI SUZUKI

東京、西品川にて。「日本ろう者劇団」による素晴しい公演の数日後、演出家、米内山明宏さんとのインタビューが実現しました。彼はまるで山のような人物…太陽をいっぱいに浴びた山のような人です。

....................YONAIYAMA AKIHIRO

aniel:私は人々が心の奥深くに秘めている夢、に興味があります。インタビューはそのテーマで行いたいと思います。

米内山:私は生まれつき、ろう者です。両親の影響で映画や絵画を好きになるようになりました。特に覚えているのは13歳か14歳の頃に見た映画、ジャン・コク トーの「美女と野獣」です。非常に感動した事を今でもはっきりと覚えています。

映画を見た時、「自分もいつかジャン・コクトーのように表現したい」と思ったんですよ。確たるアイデアがあったわけではありませんが、何か彼のようなことをやってみたいと思ったわけです。
とても好きでよく読んでいたアントナン・アルトーの影響もあります。彼のような表現者になりたいといつも思っていました。

その後大人になってから劇団を立ち上げ、その頃から自分の欲求を実現する事が出来るようになりました。
日本の伝統文化、例えば文楽だとか狂言からも沢山の事を学びました。今私は、日本と外国、違う文化の架け橋になるような活動をしなくては、と思っているところです。
現在、演劇や映画の多くは耳の聞こえる人へ向けて制作されています。私は耳が聞こえなくとも幸せですが、ろう者として出来る事、耳の聞こえる人と一緒に共感し学ぶための新しい芸術分野を作ってみたいのです。

aniel:あなたは全ての人間には夢があり、それを実現するために生きていると思いますか?

onaiyama:全くその通りだと思います。私は人間の身体は「借り物」だと思うんです。魂が姿を得るための借り物だと。出生や人間のあり方というのは、実に神秘的な世界ですから。

私たちは魂がどこからやって来るのか、自分が一体何者なのかも知りません。時に意識を強く持つ事はあっても、その「意識」とはどこからやってくるのか?魂と身体は全く別物だと認識するべきです。身体はいずれ滅びます。優しい人、意地悪な人…世の中の人間は皆それぞれ違うけれど、身体は平等に滅びていく。様々な歴史、ドラマを生むのは身体ではなく魂なのです。

aniel :あなたの演出によって、舞台で演じる役者たちは夢をかなえているでしょうか?

onaiyama:はい。彼らはみな、使命があって生まれてきたと言う意識を持っていると思います。シナリオを書くときは、毎回かなり慎重に行います。役者たちは皆それぞれ全く違う個性なので、そこをリスペクトしなくてはなりません。「はたしてこの役はこの役者に合うだろうか?この役は役者のパーソナリティと似ているのか、それともその反対だろう か?」と悩むこともあります。

もし、役があまりにも演じる役者とかけ離れる場合は、書きたいシナリオよりも役者の性格を重視します。まず彼らの人となりが一番重要ですから。私は、彼らが人生において何を使命と感じているのか予想するのです。

....................YONAIYAMA AKIHIRO

aniel:あなたは、アーティストは他の人々よりもずっと自由だと思いますか?例え ば、考え方であるとか生き方が自由であると思いますか?

onaiyama:(アーティストたちは他の人と比べて)少しは自由かもしれませんね。でも同時にアーティストには制限もあります。仕事が繊細になるほど制限があるのです。例えば演劇では、新しい作品を見据える前に自分自身を壊さなくてはいけない。アーティストたちは自由に見えてもそうではないのです。本当の自由とは破壊したに見えるものです。

aniel:まるで戦争と同じですね。新しい教育を植えつけるために以前学んだ事を破壊する。

onaiyama:全くその通りです。私は過去にこだわるのは嫌いで、常に前進したい性格なのですが、それでも経験がない事に挑戦するのは怖いと思う事もあります。でもそんな時は、過去にこだわらないように自分を信じて勇気を奮い立たせます。
保守的で伝統を守りたい人もいれば、全く反対の人もいる。どちらが正しいかは難しい判断です。私はどちらの考え方も大切だと思います。

aniel :パリや東京などの大都会で出会う人々の多くは、単調でつまらない生活を送っている人が多いですね。そんな人々へなにか助言はありますか?

(米山さん、困り顔で苦笑)

onaiyama :助言ですか…?人はみなそれぞれですね、違う人生、違う仕事、違う考え方がある。1人の人間を説得するのに数え切れないくらいの言葉が必要でしょう。だから 到底一言では言えません…私に出来る助言と言えばとにかく「いつも前を向いていよう」という事ですね。前を見ていれば新しい発見がある。新しい疑問も湧いてくる。「何故戦争はなくならないのだろう?何故映画が存在するのだろう?何故パリが好きなのだろう?」、など…。前を向いている時は疑問が湧くものです。

安定したい、安心したい、守られたいと思うと前には進めません。前に進みたければ可能性を信じる事です。

aniel :夢と欲に違いはあると思いますか?また、人々がみな同じ夢を持つ事は可能だと思いますか?

onaiyama:難しい質問ですね。2つの言葉の間には葛藤があると思います。自分の夢を実現するためには犠牲にするものもある。犠牲にする事で葛藤を生む。
欲求については色々な欲がありますね。

夢を実現するためには、時には悪い事もしなければいけないのか?自分の心を犠牲にしてまで?ここが難しい問題です。

私たちはみな夢を実現したいでしょう。でも欲求のままに突き進んだ末に夢を実現しても、その時すでに夢は失われているのです。

それでも夢や欲求に終わりはなく、いつまでも続いていく。そこに私は夢と欲の葛藤を見るのです。
そして「人々がみな同じ夢を持つ事が可能か」という質問ですが、100%可能だとは言えないでしょう。何故なら人はみなそれぞれ違うから、夢のニュアンスもそれぞれでしょう。
日本のことわざに「類は友を呼ぶ」というのがあります。

私たち人間はみな同じ。孤独に生まれ、死ぬ時も孤独だという事です。

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